2007年03月10日
上り口説(ぬぶいくどぅち)
上りと下り口説は、琉球の使者が薩摩の行き帰りの船旅の途中の海上風景の相違を歌った叙景詩であるさぁ
旅に出るときは、必ず海上平穏を祈って観音堂や弁財天堂に願掛けしていたんだって
那覇港を出る時は、南または南南西から吹く4~5月頃の風を利用して、
帰りは新北風の吹く10~11月頃の時期を選んでいたんだって
この歌には、七島灘の難所を乗り切るのにいかに苦労したかがわかるさぁ
舞踊は二才踊りの代表的なものになっているさぁ
旅の出立ち 観音堂 千手観音 伏し拝で
黄金酌取て 立ち別かる
袖に降る露 押し払い 大道松原 歩み行く
行きば八幡 崇元寺
旅の出発は、観音堂の千手観音を拝んで
黄金の盃で酒をくみかわしてから別れゆく
袖に落ちる涙を押し払って、別れのつらさをこらえ、
大道の松原を行くと八幡宮、崇元寺に出ます

旅に出るときは、必ず海上平穏を祈って観音堂や弁財天堂に願掛けしていたんだって

那覇港を出る時は、南または南南西から吹く4~5月頃の風を利用して、
帰りは新北風の吹く10~11月頃の時期を選んでいたんだって

この歌には、七島灘の難所を乗り切るのにいかに苦労したかがわかるさぁ

舞踊は二才踊りの代表的なものになっているさぁ

旅の出立ち 観音堂 千手観音 伏し拝で
黄金酌取て 立ち別かる
袖に降る露 押し払い 大道松原 歩み行く
行きば八幡 崇元寺
旅の出発は、観音堂の千手観音を拝んで
黄金の盃で酒をくみかわしてから別れゆく
袖に落ちる涙を押し払って、別れのつらさをこらえ、
大道の松原を行くと八幡宮、崇元寺に出ます
2007年02月23日
ウチナー移住

写真は木曳門さぁ・・・
昔は城内の建築資材を運び入れるときだけしか使われなかったんだよ~~

首里城の建築資材といって思い出すのは国頭サバクイさぁね
国頭といえばヤンバル・・・

最近はウチナーに移住するひとが多いんだって
ヤンバルはじめ、各離島には必ずっていいほど他府県の人がいるさぁ
中には島民より他府県人が多い島もあるっていうさぁ

おばぁーの会社にもウチナームークが沢山いるよ~
他府県の人がウチナーを好きになって移住してくるのはいいことだと思うさぁ

だけど、その反面地元の人達との諍いも多いんだって

昨日ある場所から、離島から用事で出て来たっていうお客さんを乗せたさぁ
彼女の住む島にも他府県の人が居るんだって
だけど島の人達はその人に振り回されて大変っていっていたさぁ

沖縄を愛し、島の環境や風土等を好きになって移住して来たはずさぁね
自分の考えを主張しても中々島民には受け入れてもらえないと思うさぁ

たとえ受け入れてもらえたとしても、それでもってその地域性が失われていったら
何の為に移住までしてきたのか分からなくなるさぁね

移住して来る他府県の人も、受け入れる島の方も今一度考える時かもねぇ

おばぁーは移住には反対ではないよ
昔からウチナーは何でも受け入れてきたという文化があるさぁね
他所からもたらされたものを島の文化に変えてウチナー独特の文化を築いてきたさぁ

ウチナー精神を忘れない限り、他府県からもたらされるものも受け入れ、
島独特の新しい文化を築いていくのもいいかもと思うさぁ

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